ぼーっとする愉しみ

 

新しい職場で働き始めて、やっと3ヶ月が経とうとしています。

朝は5:30過ぎに起きて、出勤し、ほぼ休みなく働き、へとへとで帰宅して、ご飯を食べて寝て、また朝起きて出勤×5みたいな生活です。まあ、世の中の皆さんが普通にやっていることですけど。いやーフルタイム勤務ってきついですね。

 

徐々に体がそのリズムに慣れつつありますが、疲れがじわじわ積み上がってきて、どうやったら、この疲れを癒せるのか、心底リラックスできるのか模索中。

ネットなどで検索すると脳を休めるのは、情報を入れず何もしないぼーっとするのが良いとのこと。

 

ほお、脳を休めるには、ぼーっとするといいのか。

 

実は、私は昔からぼーっとするのが大好きです。

それは自然の脳の欲求だったのだなあと思いました。なるほどなるほど。

 

確かにフルタイムで働き始めてからは、休みになると、せっかくなのだから遊びに行こう、友達をおしゃべりしようと出掛けてしまうので、あまりゆっくりできずに過ぎてしまうことが多かったのです。ああ、何もせずにぼーっとしたい、くつろぎたいとは思うんですが、何もしない休日ももったいないというジレンマ。

 

でもやっぱり、ぼーっとする時間は大切だったのです!

というわけで、積極的にぼーっとする時間を作ろうと考えました。

 

窓の外を見る

散歩する

花を見る

緑を見る

音楽を聴く

乗り物に乗って、窓の外を眺める

カフェに入る

 

ダラダラ、ぼんやりと無駄に過ごす。

暖かく良い季節になってきましたので、夕暮れから夜になる間の空の色の変化を、好きな音楽を聴きながらぼーっと眺める。いいですねえ。

何か獲得すべきものも、目指すものも、努力すべきものも何もない。

無為な時間とはなんと贅沢で豊かなことか。

 

ぼーっとしていて気がついたのは、ぼーっとする時間は精神的なストレスがあるとなかなか作れない時間だということです。心に何かわだかまりがあると、思考がぐるぐるして、ぼーっとすることができません。すぐにある考えに固執して、苦しくなってしまい、追い払おうとしても、その思考が戻ってきての繰り返しになってしまいます。

 

以前の職場で人間関係のストレスを抱えていた時はまさにそうでした。その時はじっとしていると、ネガティブな考えに支配されてしまうので静かにぼーっとするのが難しく、youtubeをずっと聴いて情報で頭を満たしていた方が楽なくらいでした。その頃は朝に慈悲の瞑想を毎日やって凌いでいました。今は、幸い精神的な疲れより肉体的に疲れているので、心置きなくぼーっとできて、そのせいかyoutubeを見ている時間は減ってきました。

 

あと、暇すぎてもそれはそれでダメですね。このままでいいのか、もっと何かしなくてはいけないのかと、これもまた始終思考が動き続けて、暇なくせに心だけは動いている。

 

脳を休めるには、ぼーっとするのが良い。

でも、心にストレスを抱えているとぼーっとしたくてもできない。鶏が先か卵が先かって世界ですけど。

思考がぐるぐるしすぎて、心が休めなくなって、それが蓄積すると人は鬱状態になっちゃうのかなと思ったりしました。

 

だとしたら、今もしも自分がぼーっとすることができるのなら、それはとっても幸せなことではありませんか!

ぼーっとしている今、この瞬間を楽しめるなら、とりあえず大丈夫。

 

きっと明日も頑張れますね。